2015年6月24日水曜日

自転車政策で忘れてはならない競争力という視点

先日公開した記事「実は理想に近かった従来の交差点構造」と「オランダの丁字路設計の例」では、

交差点構造の工夫で自転車がこんなに有利に!

という感じで利点を説明しましたが、それを疑問に感じる人もいるかもしれません。

なぜ自転車を優遇する必要が有るんだ? 自転車も車やバイクと同じ「車両」なんだから、車と同じ空間を車と同じルールに従って走れば良いじゃないか。

しかしその考え方には、他の交通手段に対する競争力という視点が欠けています。



日本国内の自転車推進政策の議論ではしばしば安全以外の観点が忘れられがちですが、そもそもなぜ自転車の利用環境を整備するのかと言えば、車、特にマイカーの利用を抑制して、健康的で幸福な、持続可能な都市を実現するという大きな目標が有るからです。

その為には単なる安全だけでなく、安心や快適も確保した上で、移動手段としての競争力や優位性、魅力をマイカーよりも高める必要が有ります。
  • 車より早く着く
  • 車より安上がり
  • 車より気軽
  • 車より駐車場所が見付けやすい
  • 車より小回りが利く 
こういった実利的な魅力が有ってこそ、一過性のブームに終わらない持続的な自転車利用を定着させる事ができると考えられます。先に挙げた交差点構造もその為の工夫の一つです。


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車に対する競争力という観点は、オランダ・サイクリスト協会による各都市の自転車環境の総合評価プロジェクト、Fietsbalans(フィーツバランス)でも繰り返し強調されています。

Karin Broer (2008)
Fietsbalans II: competitiveness bicycle greatly improved英語版PDF

Broer (2008, p.5)
... high bicycle use leads to low car use. In that case short car trips have been exchanged for trips by bicycle. Which is good for air quality, health and quality of life in a town or village.
自転車の利用が盛んになると車の利用は低下する。短距離のクルマ移動が自転車移動に置き換わるのである。これは町や村の空気、健康、生活の質にとって良い事だ。
そしてこの目的の為に、オランダの市街地では自転車が有利に、車が不便になるように都市環境を作り替えています。その手法の例を挙げると、

Broer (2008, p.1)
Cars have to be parked at a greater distance to the destination. That means longer distances to walk, and more time needed.
乗用車は目的地から遠く隔たった場所に停めなければならない。これは歩行距離と移動時間の増加を意味する。

Broer(2008, p.4)Houtenの評価
There are many bicycle streets where through car traffic is physically impossible.
〔Houtenの市街地内部には〕多くの自転車優先道路が有り、その道路では車の通り抜けは物理的に不可能にされている。

Broer(2008, p.5)Goesの評価
... cars were no longer allowed to park on Markt. In residential areas though traffic has been made impossible and parking was concentrated on the edge of town. At the same time the bicycle network has been improved. Fast routes were constructed to the new neighbourhoods in the south, bicycle parking facilities were expanded and on a number of locations traffic lights were removed. These were replaced by roundabouts where cyclists had the right of way. All this led to an increase in average bicycle speed.
乗用車はMarkt〔場所〕 への駐車が禁止された。居住区は通り抜けが不可能になり、駐車場は町の周縁部に集約された。同時に、自転車ネットワークは改善されてきている。南の新しい生活区域に繋がる高速路線が建設され、駐輪場も拡張され、幾つもの場所で信号機が撤去された。これらはラウンダバウトに転換され、サイクリストに優先通行権が与えられた。これら全ての施策が自転車の平均速度向上に結び付いている。
などがあります。

2015年6月25日 neighbourhoodsの訳語を「生活地域」から「生活区域」に変更。

フランスのストラスブールも似たような戦略を採っていますね。

VINCENT FUJII Yumi – Blog(2015年6月21日)
ナント市『世界自転車都市大会』2015
 
これらは都市の既存の各要素をどう配置・調整するかというアプローチですが、都市そのものの開発を徒歩や自転車での移動に適した規模に制限するという、更に巨視的なアプローチも採られています。

Mark Wagenbuur(2015年6月23日)
Main cycle route in a city expansion

こうした大小さまざまなレベルの施策の効果を、フィーツバランス・プロジェクトでは客観的に測定して評価しています。

Broer(2008, p.1)
In the Fietsbalans study various research methods are employed. A number of routes through town are cycled with a measuring bicycle equipped with video camera and meters to record vibrations and noise. The measuring car is used to demonstrate competitiveness and measure air quality.
フィーツバランス研究では様々な調査手法が採られている。町を通る何本もの路線をビデオカメラや振動・騒音測定器を搭載した測定自転車で走行する他、〔車に対する自転車の〕競争力と空気の質を測定する為の測定車も使用している。


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翻って、現在の日本の自転車政策を都市政策全体の中に位置付けてみると、車による近距離移動を自転車などで置き換えるという根本目的が等閑にされている事が非常に多いです。

自転車インフラの整備計画書を読んでも交通分担率の目標値が載っていませんし、実際に整備されるインフラは質の低いものが多く、本気で利用を促進する気が無い事が見え透いていますし、整備効果の報告書でも利用促進効果は言及されていません。


伊勢丹渋滞

また、自転車利用促進策と表裏一体で実施すべき、中心市街への車の流入規制などの施策も手付かずのままで、相変わらず車を好き放題に利用させています。

現実にはロード・ダイエットによって自転車通行空間を捻出できる道路も多いのに、日本の道路は狭いという先入観によってその可能性を潰しています。

国道246号・青山
「自転車道を整備する余地など無い」と言うが……。

マイカー抑制と自転車促進が本来の目的だったはずの政策が、いつの間にか車の既得権益を保護する策にすり替わっています。


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今週木曜に自転車活用推進法についてのシンポジウムが予定されていますが、開催概要を見ると自転車のルール・マナー違反の話題に脱線しそうな気配が濃厚です。

確かに現在の日本ではルール・マナーが問題視されてはいますが、それは自転車の利用促進や車の利用抑制とは分けて論じるべき別の課題です。

くれぐれも活用推進という軸を見失わずに、何が自転車の競争力を実質的に高めるのかを議論してほしいですね。


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2015年6月24日追記





今回の記事を書く切っ掛けの一つになったのが、せがわ和尚さんによるひたちなか市の自転車道の車載動画と問題指摘です。幹線道路沿いに林立するロードサイド店舗に出入りする車が自転車道を頻繁に横切っているのが印象的で、自転車インフラの質云々以前に、町の構造そのものが車にとって有利過ぎるのではないかと感じました。

町を丸ごと一つどうするかという俯瞰的な視野を持たずに自転車インフラの整備努力だけしても徒労に終わる、それを如実に語る実例だと思います。これは自転車政策を町全体の交通政策・都市政策と関連付けずに進めている全ての自治体が真剣に受け止めるべき教訓でしょう。