研究報告書を読みました。
村山吾郎(2012)
「皇居周回道路における歩行者とランナーとサイクリストの関係について」
『自転車文化センター研究報告書』第4号
報告書の前半では、現状と対策を紹介しています。
その記述によれば、これまで取られてきた対策は、
2009年
- 皇居周辺ランナー対策会議(国土交通省・環境省・東京都・千代田区、警視庁)
- ランナー交通量調査
- ランナーへの注意喚起看板設置
- 皇居周辺ランナーサポート施設等連絡会開催
- 〈皇居ランナーマナー“10”の宣言〉の周知を開始
ですが、
p.44 (pdf p.2)
依然として、ランナーや自転車利用者への苦情があり、との事です。
さらなる対策が求められている状況がある。
……。
絶句した。
自分たちが取った対策が格好だけで、
問題を発生させている構造が手付かずのまま
だという事に気付いてないんでしょうか。
関係者の多くは利用者のマナーを改善すれば何とかなる
と考えているようですが、ヒトという生き物の性質や
ヒューマンエラーについての理解が足りていません。
「お互いに思い遣る気持ちを大切にする」と言えば聞こえは良いですが、
そんな事をしてもマナー違反が無くなる訳ではありませんし、
マナーを意識している人でもエラーを犯さなくなる訳ではありません。
皇居の問題は紛れも無くインフラの欠陥が原因です。
ランナーやサイクリストにそれぞれ専用の空間を用意して
歩行者から分離しないと問題は解決しません。
福知山線脱線事故ではヒューマンエラーを軽視したと言って
あれだけJR西日本を責め立てた世論が、道路の問題となると
なぜこうも簡単に、問題の本質を見抜く眼力を鈍らせてしまうのか。
道路管理者も警察も、
事故やトラブルが起こっても何ら責任を問われず、
自ら進んで抜本的な対策を取る事も無い。
事故原因は専ら利用者になすり付けようとする——。
JR西日本なんかより遥かに悪質な組織だと思いますがね。
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報告書は2011年に開催された
「第1回 皇居周辺地域委員会」の討議内容についても
簡単に触れていますが、ここでも、出席者の発言から
ヒューマンエラーに対する認識の甘さが読み取れます。
千代田区連合町会長協議会長
p.45 (pdf p.3)
ランナーにマナーを呼びかけてほしい。マナーを呼び掛けても効かなかったでしょ?
本質を外した対策を打っても効果は限定的です。
千代田区陸上競技会からの出席者
p.46 (pdf p.4)
ランナーの一部に、マナーが悪い方がいるのは残念である。人間ってのはそういう生き物なんです。
それを前提にインフラを考えない方が悪い。
社団法人日本ウォーキング協会からの出席者
p.46 (pdf p.4)
歩行者のマナーにも問題があると思う。道路空間の使い方は直感的に理解できなければならない。
// 中略
海外からの団体観光客が、日本の交通ルールに不案内なことも
歩道の混乱を助長していると思われる。
道路は利用者のエラーに対して寛容でなければならない。
海外からの観光客のせいにするのは、皇居周辺のインフラの
貧弱さから目を背けている事の裏返しに思えます。
皇居ランナー指導者
p.46 (pdf p.4)
自転車に関しては、休日に皇居周遊道路の一部を閉鎖してパレスサイクリングは上下合わせて8車線まるごと封鎖してますよね。
自由に乗れる環境があるようだが、ランナーやウォーカーにも
こうした場を設けて頂けるとありがたい。
幾ら何でも自転車だけでそんなにスペースは要りません。
ランナー用のスペースくらい簡単に確保できるでしょう。
ただ、休日だけ車道を全面封鎖するより、
内側(皇居側)の二車線を恒久的に封鎖して、
ランナーとサイクリストに一車線ずつ配分してくれた方が良いです。
都心部のクルマ依存度を強制的に引き下げる策の一環としても。
企業ランナー
p.46 (pdf p.4)
(1)歩行者・ランナーは歩道、自転車は車道(1) を言うんだったらまず車道を自転車で走ってみてください。
(2)節電の影響もあるが、安全対策のため夜間外灯の確保
(3)皇居におけるランニング大会の開催数と人数の管理の強化
以上を提案したい。
生きた心地がしませんよ。
報告書の著者
p.47 (pdf p.5)
そもそも歩道は歩行者優先なので、ロードバイクのような著者の村山氏は道路空間を歩道と車道の
スポーツ用自転車で歩道を走るのは言語道断であるが、
小学生以下の子どもや幼児2人乗せ自転車のお母さんや、
70歳以上のお年寄りについては、道路交通法的にも
歩道走行が認められているので、歩道の車道寄りを
ゆっくり走るなど、区別が必要である。
二分法で捉える思考に囚われています。
速度の点でも質量の点でも加速力の点でも、
自転車と車は全く別カテゴリの乗り物です。
皇居周辺道路のような、車の交通量が極めて多く、
実勢速度も高い道路で自転車が車と同一空間を走るのは危険です。
また、子供が自転車で歩道を走るのは
やむを得ないという判断にも問題が有ります。
神戸新聞(2013年7月5日)
小学生の自転車事故 母親に9500万円賠償命令 神戸地裁
年齢や体力や“勇気、度胸”に関係無く、誰でも安心して
快適に使える自転車専用の通行空間が必要なんです。
(皇居周辺の場合はさらにランナー用の空間も。)
環境省・皇居外苑管理事務所からの出席者
p.47 (pdf p.5)
皇居周辺は景観に加えて文化財としての保存地域でもあるため、誰も道路用地を今以上に広げろとは言っていません。
道路環境に対する改善のご要望は理解できるが、難しいことが
多いこともご理解頂きたい。
車道を削ってランナーとサイクリストの空間を捻出するんです。
捻出余地が無いように見える乾門から千鳥ヶ淵までの区間は、
もう車の通行を完全に禁止してしまい、現在の車道部分を
ランナーと自転車で広々と使うのが最もスマートな解決法です。
(車に遠回りを強いる事で、都市の移動手段としての
自転車が相対的に有利になる効果も有ります。)
乾門の首都高入口は車と自転車の動線を
交差させてしまうので、併せて封鎖すべきでしょう。
(皇族の通行にどうしても必要なら、その時だけ臨時で開ければ良い。)
こうした策で車道の交通容量は減少しますが、それには
都心部での乗用車の利用を徹底的に抑える施策で対処すべきです。
(できれば物流や工事車両も必要最低限に絞って欲しいですが。)
大体、未だに国会議員がセンチュリーを乗り回していて、
「地球温暖化ガスの削減余地がもう無い」とかね……。
東京都・第一建設事務所からの出席者
p.48 (pdf p.6)
本日の会議の参加にあたって、電動アシスト自転車を借りて、それよりもまず車道を走ってその過酷さを実感してください。
皇居外周歩道を1周走ってみた。
国土交通省・東京国道事務所からの出席者
p.48 (pdf p.6)
道路建設行政に長年関わってまいったものとして、その道路構造令がクソ過ぎるんです。
道路構造令の制約の範囲内でどこまでできるか難しい面もあるが、
警察庁・警視庁の皆様の範囲とも併せて、現在検討委員会で
道路行政における自転車の位置付けについて
あらためて議論しているところである。
自転車インフラの安全・安心・快適性について、
まともな理念やノウハウが有りません。
これは、2012年11月に発表された
『安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン』でも同じです。
作成に関わった大学教授などの有識者でさえ、
海外の自転車インフラの最新知見について知らなさ過ぎです。
出発点が間違っているなら何をやっても駄目。
どちらもゼロから作り直すべきです。
警視庁・交通部・交通規制課からの出席者
p.48 (pdf p.6)
自転車と歩行者の安全な環境を確立するためにも、大まかな方向性はこの出席者の発言が当を得ています。
ただ自転車は車道と決め付けるのではなく、
自転車が安全に走れる環境の確保も必要である。
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著者は報告書の最後でサイクリストのマナーの悪さを嘆いていますが、
これもまた、日本の低劣な自転車インフラによって思考の枠が
限定されているから、そういう見方になるのだと反論できるかもしれません。
p.49 (pdf p.7)
筆者が最寄り駅から当センターに通勤する道すがらでも、仮にその信号が単路区間や、丁字路の横画の上側に位置するものであれば、
毎朝かなりの人数の自転車通勤者を見かけるが、
そうした方々の中の一部に、進行方向が赤信号にも関わらず、
多少減速しつつも周囲を見渡して横断歩道に歩行者が
居ないことを見て取った瞬間に、赤信号を無視して
そのまま行ってしまう人を散見するし、
実際に筆者が横断歩道を渡り始めると、
筆者を交わして(すり抜けて)行ってしまう人も居る。
自転車が杓子定規に信号を守る意味はあまり有りません。
問題は寧ろ、交通参加者を〈歩行者〉と〈車両〉に二分し、
自転車と車を一纏めにして同じ信号に従わせようとする
インフラ構造の側に有ります。
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