2014年8月17日日曜日

『成功する自転車まちづくり』の欺瞞 (2)

古倉宗治(2010)
『成功する自転車まちづくり〜政策と計画のポイント〜』
初版第1刷、学芸出版社

を読みました。

今回は、現状の日本の車道にも自転車の走行空間が有る
という主張の問題点を指摘します。



まず始めに断っておきますが、
今回の議論は幹線道路に限った話です。

住宅街の中の閑静な道路のように、
車の交通量も実勢速度も低い場合は、
既に自転車が車道を走っている場合が多いので、
ここでは議論しません。


古倉(2010)p.122
(2)車道に自転車の走行空間は十分にある

// 中略

道路構造令によると、幹線道路では、図3•14のように、一番左側に駐車車両があってもこれと次の車線の間に1.5〜1.75mの空間がある。駐車がない場合も、車が右側に寄れば同じ幅の空間が存在する。諸外国の自転車専用レーンは幅員が大体1.5mぐらいある。日本の車道にも一番左側の車線に自転車が走る空間は十分ある。

古倉(2010)p.123
図3•14 左端車線での自転車走行空間の可能性

この図は自転車を単なる線で表現する事で
実態以上に空間に余裕が有るように錯覚させています。
CAD で正確に作図すべきでしょう。

というわけで、描きました。
(使用ソフト: 作図 Jw_cad、着色と配置 GIMP)

まずは走行車両とのクリアランス(↓)

図1 車が自転車を同一車線内で追い越し

自転車の走行位置は街渠とアスファルト路面の境界線から右に 0.1 m としました。
乗員も含めた自転車の幅は、この図で使ったモデルの場合、0.66 m です。

走行車両はミニバン(ドアミラーを含む車体幅は約 2.16 m)で、
右のドアミラーの先端が通行帯区分線の中央に来るように配置しています。

この場合、自転車の乗員の右肘から
ミニバンの左のドアミラー先端までの側方間隔は 0.66 m です。

海外の一部の国・州の道路法では、
車が自転車を追い越す時に最低限確保すべき側方間隔を
1 m または 3 feet と定めているので、0.66 m では不充分です。

過去の関連記事
【国際比較】自転車を追い越す際の側方間隔


アメリカではこの通称 3-feet law は1973年には既に制定例が有りますから、
2010年に初版が出た『成功する自転車まちづくり』の執筆時点で
古倉氏が知らなかったはずは無いんですがね。
自説に都合の悪い情報を恣意的に省いているとしか思えません。

ウィスコンシン州議会の資料
https://docs.legis.wisconsin.gov/1973/related/acts/182.pdf

Wisconsin State Legislature(1973)pdf p. 2
346.075 Overtaking and passing bicycles.
The operator of a motor vehicle overtaking a bicycle proceeding in the same direction shall exercise due care, leaving a safe distance, but in no case less than 3 feet clearance when passing the bicycle and shall not again drive in the lane in which the bicycle is traveling until safely clear of the overtaken bicycle.
※マーカー強調は原文には有りません。


図2 自転車が車道の端から離れた場合

古倉氏の図のように自転車が街渠の横ギリギリを走るのは危険です。

街渠にはグレーチングや砂利、ガラス破片、落下物が、
街渠とアスファルト路面の境界には溝や段差などが有り、
転倒リスクやパンクリスクが大きいからです。

車道の端には危険がいっぱい

また、車道の端ギリギリに寄っていると、
沿道から出て来た車から見落とされやすいですし、
後続車に危険な追い越しをされるリスクも有ります。

こうしたリスクを知っているサイクリストは
縁石から最低でも 1.0 m は離れて走ります。
それを反映したのが図2です。

図2(再掲) 自転車が車道の端から離れた場合

自転車とミニバンの側方間隔は僅か 26 cm に縮まりました。
これは、実際に体験すると「もう少しで撥ね殺される所だった」
と肝を冷やすレベルです。

図3 追い越し車が最低限の側方間隔を確保した場合

自転車を追い越すミニバンが側方間隔を 1.0 m 確保すると、
もはや同一車線内には収まりません。

しかし、現実のドライバーは自転車を追い越す際に
車線変更をせず(区分線を跨ぎすらせずに)
そのまま危険な追い越しをする事も多いですから、
自転車が安全に走れる空間が有るという古倉氏の説明は偽です。


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続いて、路駐車両が車道の端を塞いでいる場合です。

図4 路駐車両を回避する自転車

車が縁石ギリギリに寄って路上駐車している場合、
第1通行帯の中には 1.59 m のスペースが残ります。

但し、これは路駐車両がミニバンの場合であって、
大型トラックやダンプカー、大型観光バスが停まっている場合は
余白はもっと少なくなります。(最大で -0.34 m)


図5 路駐車両が左のドアを開ける余白を残して停まった場合

また、現実には縁石にぴったり張り付かず、
街渠の部分を空けて停める例も見られます。
助手席に同乗者がいる場合はドアを開ける余裕として
このような停め方をする場合が有るようですね。

左側に乗降の余裕を残して路上駐車した車

それでもまあ、路駐車両の車体側面(ドアミラーは除く)から
通行帯区分線までは 1.4 m ほどは有ります。しかし、

図6 通れると思った? 残念、ドアゾーンでした。

後方確認せずに急にドアを開けるドライバーもいますから、
このドアゾーンを自転車の走行空間に含めてはいけません。

(現実の道路を見ると、原付のライダーですらドア衝突のリスクを
分かってない人が多いですね。免許制度の存在意義とは何なのか。)

古倉氏が例示に使っている写真でも、

p.123
図3•15 幹線道路での自転車走行空間の可能性(2枚の写真の左側)

自転車がもろにドアゾーンに入っています。
自説に都合が悪い情報はあっさり無視する
古倉氏の姿勢が現われた写真のセレクトですね。

図7 自転車がドアゾーンを避けた場合

自転車はドアゾーンを避けると隣の車線にはみ出してしまいます。
この時、もし大型バスなどが来ていれば、
自転車にとって心理的な圧迫感・恐怖感は相当のものです。

(バスのドライバーはプロだからこんな追い越し方は
しないはずだって? しますよ。特に高速バスの運転手はね。)

図8 大型バスが自転車との側方間隔を確保した場合

上の図では、自転車とそれを追い越す大型バスの
側方間隔を仮に 1.5 m としました。
車高が高い分、サイクリストに与える威圧感が
普通のセダンなどより遥かに大きいからです。

幹線道路のように車の流れが速い環境では
正直 1.5 m でもまだまだ足りないと思いますが、
この程度の安全マージンを確保しただけでも
大型バスが右隣の車線に大きくはみ出すのが分かります。


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ちなみに、ここまでの図は各車線を 3.25 m 幅で描いています。
これは古倉氏が推定した中で最も余裕の有る値ですが、
現実には街渠の 0.5 m も車線空間の勘定に入れて、

図9 第1通行帯だけ 2.75 m の道路

第1通行帯だけ狭く作られている例も有るので注意が必要です。


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古倉氏はこんな主張もしています。

古倉(2010)p. 123
それでは、駐車車両が途切れた空間に、隣の車線から車が入ってくる可能性があるかについては、幹線道路での観察によると、1時間503台の通行車両のうち、駐車車両のある一番左の車線に入ったか、または、そのラインを踏んだ車は13台しかなかった。ほとんどは左側の車線に入らないで通行している。

うん、確かに少ない。
では、その13台はどんな性格の車なんでしょうか。
片側2車線以上の車道で私が見てきた限りでは、
第1通行帯を走行する車には以下の種類が有ります。

  1. 前方の(細街路との)交差点で左折しようとする車
  2. 前方左手の沿道の駐車場に入ろうとする車
  3. 前方の第2通行帯上にいる右折待機車を左側から追い越そうとする車  
  4. 数百メートルおきに駐車と再発進を繰り返す車(コンビニの配送車など)
  5. モーターバイク(特に原付とビッグスクーター)
  6. 空いている第1通行帯をすり抜けて前に出ようとする車

古倉氏の調査がどこで実施されたのかや、
どのような分類基準を採用していたかは分かりませんが、
仮にその 13 台が 5 や 6 だった場合、自転車にとっては非常に危険です。

安全を顧みず、空いている第1通行帯を高速ですり抜けて
他の車より前に出ようとする自己中心的なライダー/ドライバーは、
自転車の横スレスレを高速で追い越したり、
追い越せない場合はアクセル乱打やクランクションで威嚇し、
強引に道を開けさせようとするからです。


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ここでもっと根本的な指摘をしましょう。

古倉氏は「道路構造令によると」と言ってあの図を示したわけですが、
図中の 3.25 m という車線幅は、例えば都市の一般道(一級)
に用いられる値です。(道路構造令 5条4項)

ではその規格の道路の設計速度は、と思って調べると、

60 km/h じゃねーか!道路構造令 13条1項)

速度高すぎ。そもそも自転車と車を共存させて良い水準じゃないです。

こんな危険な環境でさえ「自転車が走る空間は十分ある」
と言い張るのなら、現にそれをやっている海外都市の路線で、
日本より盛んに自転車が利用されている所が有る
という証拠を出さないと駄目です。

日本以下の三流自転車都市を真似しても意味無いでしょ?


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さらにもう一つ、古倉氏は
「諸外国の自転車専用レーンは幅員が大体1.5mぐらいある」
という事を根拠に、1.5 m 有れば充分だという主張を
正当化しようとしていますが、では、その海外事例は
一体どんな道路を背景として作られたものなのか。

大型貨物車がビュンビュン走る幹線道路で 1.5 m なのか。
滅多に車が通らない住宅街の静かな道路で 1.5 m なのか。

現実の利用者は 1.5 m の自転車レーンを安心して使っているのか、
それとも怖がって歩道を走ったり裏道に迂回したりしているのか。

また、そのインフラを持っている都市の自転車のモーダルシェアは
日本より高いのか、低いのか。

そこまで考慮しないと、
単に 1.5 m という数字だけ引っ張ってきても無意味です。


古倉(2010)p.123
図3•15 幹線道路での自転車走行空間の可能性(2枚の写真の右側)

いやいやいや、明らかに狭すぎるだろうが。
しかも自転車の前の車、軽ワゴンだぞ?
(この視点からだと左のドアミラーも見えないし。)


道路ってのは軽トラックも通れば、

大型トラックも通るんだよ。


2014年8月18日追記

言い忘れてましたが、古倉氏の著書の批判を通して
私が何を言いたいのかというと、幹線道路のように
車の通行量・実勢速度が共に高い環境では、
車に侵されない自転車専用の通行空間が必要だという事です。

歩道(安心だが快走できない)か
車道(快走できるが不安)の二者択一では
自転車の利用率はいずれ頭打ちになります。

過去の関連記事
オランダでは自転車道が主流



シリーズ一覧
『成功する自転車まちづくり』の欺瞞 (1)
『成功する自転車まちづくり』の欺瞞 (2)