2014年10月8日水曜日

自転車のベルを巡る法令の変遷

今日、自転車のベルと言えば、
  • 歩道で歩行者に鳴らすのは法律違反
  • 車に鳴らしてもドライバーに聞こえない(*)
と言われ、存在意義のあやふやな装備品に成り下がってしまいましたが、
最初からそんな無意味なアクセサリーだったわけではありません。

(* 大型のベルならドライバーの耳にもちゃんと届きます。
ロードバイクに装備するにはちょっと重さが気になるけど。)

自転車のベル(VIVA 真鍮サウンドベル)



明治33(西暦1900)年に発行された群馬県報に、
自転車に関して県が定めた条例が紹介されています。

群馬県立文書館 平成18年度 史料展示1
明治時代へタイムスリップ 公文書で見る黎明期の群馬県
群馬県令第七十八号

// 中略

街角又ハ狭隘ノ場所若ハ交通頻繁ノ場所ヲ行車スルトキハ号鈴又ハ号角ヲ鳴ラシ且ツ徐行スヘシ
リンク先に掲載されている画像を元にテキスト化(旧字体は新字体に置き換え)

1900年と言えば自動車の普及はまだまだ先ですから、
「交通頻繁ノ場所」というのは歩行者や荷車で混雑している場所ですね。
そこを通る時にベル(号鈴)やホーン(号角)を鳴らせという事ですから、
現在の道路交通法が禁じている事を逆に義務付けている訳で、全く正反対です。

この時代、自転車のベルは衝突回避の為に大音量で鳴らす警音器というよりは、
歩行者に自転車の接近を知らせる為に割と頻繁にチリンチリンと鳴らすもの、
今で言う、プリウスの車両接近通報装置に近い位置付けだったようですね。

では国レベルの交通法令はベルの使用について
どのような規則を定めてきたんでしょうか。



交通法令で警音器の使用について明確な規定を示したのは、
こちらのサイトの情報を順に辿る限りでは、
昭和8(1933)年の自動車取締令が最初です。

第59条
2 警音器ハ交通安全ノ為必要ナル限度ヲ超エテ之ヲ使用スベカラズ
ですがこの法令は自動車を対象としたものなので、
自転車には適用されません。

これは昭和22(1947)年の道路交通取締令でも同じです。
第17条 自動車の運転者は、左の事項を遵守しなければならない。
(1) 運転中喫煙しないこと。
(2) みだりに警音器を鳴らし若しくは著しい騒音を出させ、又は悪臭若しくは有害なガス又は煙を多量に発散させないこと。



ところが、昭和28(1953)年の道路交通取締法施行令では、
第17条 車馬の操縦者は、左の事項を遵守しなければならない。
(1) 安全な運転のために必要な場合を除き、警音器を鳴らさないこと。
「自動車の運転者」が「車馬の操縦者」に変化します。
(「車馬」の定義はこの施行令の上位の道路交通取締法に書かれています。)

ただ、この時点でも「安全な運転に必要な場合」という
緩い表現に留まっていますね。
「緊急時以外は禁止」というニュアンスではありません。

実際、道路交通取締法施行令は、
第24条 前方にある車馬(以下本条中「前車」という。)を他の車馬又は無軌条電車(以下本条中「後車」という。)が追い越そうとする場合においては、やむを得ない場合の外、後車は、前車の右側を通行しなければならない。

2 前項の場合においては、後車は、警音器、掛声その他の合図をして、前車に警戒させ、交通の安全を確認した上で、追い越さなければならない。
他の車を追い越す際に警音器などで合図しろと指示しています。



そして昭和35(1960)年の道路交通法に至って、警音器の使用場面が
「公安委員会が指定した場所/区間」に明確に限定されました。
第54条 車両等(自転車以外の軽車両を除く。以下この条において同じ。)の運転者は、次の各号に掲げる場合においては、警音器を鳴らさなければならない。

(1) 左右の見とおしのきかない交差点、見とおしのきかない道路のまがりかど又は見とおしのきかない上り坂の頂上で公安委員会が指定した場所を通行しようとするとき。

(2) 山地部の道路その他曲折が多い道路について公安委員会が指定した区間における左右の見とおしのきかない交差点、見とおしのきかない道路のまがりかど又は見とおしのきかない上り坂の頂上を通行しようとするとき。

2 車両等の運転者は、法令の規定により警音器を鳴らさなければならないこととされている場合を除き、警音器を鳴らしてはならない。ただし、危険を防止するためやむを得ないときは、この限りでない
「安全な運転のために必要な場合」(1953年)から
「危険を防止するためやむを得ないとき」(1960年)に厳格化されました。
追い越しの方法(第28条)からも警音器の記述が削除されています。

ちょうどモータリゼーションの波が押し寄せていた頃ですね。
クラクションの濫用が騒音公害になっていたのかもしれません。
だとすると、自転車のベルは車のクラクションと一括りにされた事で
車に対する規制の厳格化に巻き込まれたという構図なのかもしれません。



1960年のこの規定は、細かい表現は違うものの、
基本的にそのまま現在の道路交通法まで引き継がれています。
第五十四条  車両等(自転車以外の軽車両を除く。以下この条において同じ。)の運転者は、次の各号に掲げる場合においては、警音器を鳴らさなければならない。

一  左右の見とおしのきかない交差点、見とおしのきかない道路のまがりかど又は見とおしのきかない上り坂の頂上で道路標識等により指定された場所を通行しようとするとき。

二  山地部の道路その他曲折が多い道路について道路標識等により指定された区間における左右の見とおしのきかない交差点、見とおしのきかない道路のまがりかど又は見とおしのきかない上り坂の頂上を通行しようとするとき。

2  車両等の運転者は、法令の規定により警音器を鳴らさなければならないこととされている場合を除き、警音器を鳴らしてはならない。ただし、危険を防止するためやむを得ないときは、この限りでない。


---


さて、法令の変遷は分かりましたが、
問題は現在のルールが本当に妥当かどうかです。

まず疑問なのが、車のクラクションと自転車のベルを
一括りにしてしまっている点。音量が全然違うのに。

国土交通省(2003)「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」
別添75 警音器の技術基準
2.8. 警音器の最大音圧レベルは、2.2.から2.7.までの条件で測定した場合において、次のとおりであること。

(a) 動力が7kW以下の二輪自動車の警音器の場合 83dB(A)以上112dB(A)以下

(b) (a)以外の自動車の警音器の場合 93dB(A)以上112dB(A)以下
片や、電車通過時のガード下やロックコンサート、
工事現場の杭打ちレベルの大音量を出せるクラクション。
これと自転車のベルを同列に語るのはおかしいでしょ。

* dBの後ろに付いている(A)というのは、
「A特性による加重音圧レベル」を意味します。
人の耳は周波数によって感度が違うので、同じ音圧でも、
例えば超低音と中高音では後者の方が大きな音に感じます。
周波数ごとに聞こえやすさが違うこの聴覚特性を近似して、
人が感じるうるささを機械で再現しようとする時に使うのが
A特性(による重み付け)です。騒音計にはこの機能が付いています。



そしてもう一つが、「やむを得ないとき」以外の使用制限。
最初に見たように、元々自転車のベルは歩行者に
自転車の接近を知らせる性質のものだったと考えられます。
その本来の用途で使えないとなると、本当に存在意義が謎です。

後ろからベルを鳴らされて不快に思う歩行者がいるのは確かですが、
その不快感の理由には「法律で禁止されているから」という理由も
含まれているかもしれません。法律が人の意識に
「怒る動機」を植え付けているようなもんですね。

一方、音に非常に敏感で、突然のベルの音に驚いてしまう人もいるでしょう。
その場合はもっと柔らかく小さな音のベルを普及させれば済む話です。
「気づきベル」はその方向性を上手く捉えた製品だと思います。
 
(そういえば、車に搭載されているクラクションが
大音量で攻撃的な音の1種類だけってのもおかしな話ですね。
現実のドライバーはもっと多様な意味でクラクションを使ってるのに。
要は、機械が人に寄り添い切れてない。

最近の電車のように、単に接近を知らせる意味での穏やかな警笛と、
緊急時に鳴らす大音量の警笛の2本立てにした方が、
車同士の意思伝達にも誤解が生じにくくて良いんじゃないかな。)

自転車の側では、マナー意識の高い人はベルを鳴らす代わりに
「自転車が追い越しまーす」と声を掛けていますね。
確かにその方が望ましいんでしょうが、個人的な話をすると、
私は物理的に大きな声が出せないので、
至近距離からでも気付いてもらえません。

声掛けだけでなく、ベルも選択肢として
残しておいてほしいというのが正直な所です。
1953年の道路交通取締法施行令みたいに。



あとは、そうだなあ、ベルを鳴らす状況そのものを
インフラの工夫で減らす事も必要ですね。
ルールの妥当性は環境次第なので。

例えば幹線道路では、歩道からも車道からも
構造的に分離された自転車道を用意して、
自転車が歩行者に進路を塞がれないようにするとか。