この言葉を【悪い意味で】体現した視察記でした。
岡崎市長の内田康宏さんのブログにオランダ視察記が掲載されています。
内田やすひろの政策日記(2014年10月25日)
内田(2014)
市街地を見て、すぐ気がつくことはトラムと呼ばれる2~3両連結の市電が幹線道路を中心に縦横に走っていることと、その両側にある車道の外側には自転車専用道路と歩道がそれぞれ設定されていることである。レンガのひかれた自転車道を人が歩いていて事故が発生しても、過失があるのは歩行者であり、補償の対象とはされないそうであるので注意が必要である。
2〜3両連結
アムステルダム中央駅を降りてまず目に飛び込んでくるのは
蛇のように長い5両編成のトラムです。
3両編成の旧型車両も走っているようですが。
(ちなみに新型車両は静かなIGBT、旧型車両は黎明期のGTOで、
VVVF 制御好きの音鉄ファンにはたまらん環境です。)
自転車専用道路
日本語で「自転車専用道路」と言う場合、
自転車の走行空間だけで構成される
(主にレクリエーション用の)道路を指します。
アムステルダムの市街地に整備されているのは
自転車専用道路(solitaire fietspad)ではなく自転車道(fietspad)です
レンガのひかれた
一部には過去に整備されたブロック敷きの自転車道も残っていますが、
現在オランダでは、自転車の乗り心地を良くするため
滑らかなアスファルト舗装への転換が進んでいます。
また、アムステルダム以外では、ズヴォラ(Zwolle)が
自転車専用の高速路線で、アスファルト舗装より滑らかな
コンクリート舗装を採用しています。
補償の対象とはされない
それよりも、誰もが安心して自転車に乗れる点に注目してほしいんですが。
内田市長の頭の中では自転車のネガティブな側面が大部分を占めているようですね。
内田(2014)
今私がおこなっている市民対話集会において、時にヨーロッパ滞在経験者と思われる方から、自転車専用道路設置の要望を頂くことがあるが、果たして岡崎のように起伏の大きい土地でどれだけの有効性があるのだろうか? オランダの自転車専用道路は干拓によってできた平たんな地形を前提に成り立っており、そうした長い伝統的生活の中から生み出されたものが自転車を活用とした生活習慣であることを忘れてはならないと思う。
要望を頂くことがある
この表現だと、2、3人の市民が自分勝手な意見をぶつけてきた
という印象に聞こえますが、本当にそうでしょうか。
ちょっと調べてみました。
岡崎市「通勤交通に関する調査結果(平成21年度)」
http://www.city.okazaki.aichi.jp/1400/1402/1422/p003873_d/fil/tyousakekka.pdf
※調査の実施年が2009年なのか、調査結果の公開年が2009年なのかは記載無し。
PDFファイルの作成日は2011年4月22日。
岡崎市(2011)p. 3
従業員の主たる通勤手段別構成比2001年ロンドンのヘクニー特別区(London Borough of Hackney)と
- 自転車 6.5%
同じくらい(6.2%)ですね。同区は10年後の2011年に13.8%まで伸びました。
情報源:Office for National Statistics - 2011 Census Analysis - Cycling to Work
岡崎市(2011)p. 3
自動車通勤者の距離帯別構成比自転車の旅行速度(信号待ちなどの停車時間も含めた平均速度)は
- 2 km 以下 9.3%
- 5 km 以下 9.3% + 23.5% = 32.8%
- 10 km 以下 9.3% + 23.5% + 29.0% = 61.8%
15 km/h 前後なので、通勤時間を30分とするなら
7.5 km までは自転車通勤の圏内です。有酸素運動にもちょうど良い距離。
調査は 2, 5, 10 km という区切りなので分かりにくいですが、
マイカー通勤者の概ね半数は自転車への転換可能性が有りそうです。
コンパクトシティー化で通勤距離そのものを縮めるという手も有ります。
岡崎市(2011)p. 16
エコ通勤を推進する上で重要な施策(複数回答)この設問の最多得票は「地域内バス路線の整備」の43.3%です。
- 自転車の走行環境の整備 41.4%
2位の自転車インフラ整備は僅か1.9ポイント差。
自転車促進策もかなり重要だと思われてるじゃないですか!
起伏の大きい土地
「市」という括りで見れば山地面積が多いですが、
例えば中心市街の半径3km圏内だけで見た時、
勾配率10%超クラスの坂道がどれだけ有るかですよね。
それに近年は電動アシスト自転車や車体の軽いクロスバイクが普及し、
坂道は以前ほど障害ではなくなっています。
自転車利用の真の障害は坂ではなく、
車が多くて危険な通行環境かもしれません。
外部サイトの参考ページ
自転車通勤 通ポタ日記
(岡崎市で自転車通勤をされている方のページ。
アップダウンだけでなく車が多過ぎて危険と指摘。)
長い伝統的生活
オランダも過去、日本と同時期にモータリゼーションの波が押し寄せ、
自転車走行インフラを一度失っています。今日の自転車インフラは
長い伝統の中で自然に出来上がったものではなく、
1970年代の交通戦争で多数の命を奪われた反省から
市民や行政が弛みない努力で取り返してきたものです。
同じ40年間に日本は何をしていたでしょうか?
過去の関連記事
『自転車の安全鉄則』のウソ (1)
内田(2014)
残念ながら日本にはそうした条件も習慣もないし、社会はこれから自転車に不向きな高齢化に向かっている。第一、道の形状が根本的に異なっており、まず道路を拡幅してスペースをつくる段階で大きな壁に当たってしまう。用地買収の手続き、補償費、道路改良費などを考えただけで気が遠くなってしまう。まず用地買収において、沿道の対象者すべてが協力するという前提が必要となってくるが、それだけ考えても非現実的であることが分かると思う。
条件も習慣もない
条件は整えるものです。条件が整えば自ずと習慣がついてきます。
オランダとて、過去には自転車道が撤去されて車道が拡幅され、
自転車の利用率が急激に低下した事が有りました。
現在もモータリゼーション以前の水準には回復していません。
自転車に不向きな高齢化
高齢化社会に不向きなのはクルマ依存の交通体系も同じですね。
クルマ依存は生活習慣病や運動器症候群にも繋がるので、
【身体年齢という観点での高齢化】を加速させてしまいます。
自転車は逆に、それを遅らせてくれます。
道の形状が根本的に異なっており
出ました、定番の反論。
「オランダと違って○○は道が狭いんだ。」世界各地の自治体がこの○○に自分の街の名前を代入して、
自転車インフラを整備できない言い訳にしています。
しかしオランダも歴史ある中心市街には狭い道路がたくさん有ります。
そういう場所では車道を縮小・廃止したり、車の通行を制限・禁止して
自転車と歩行者の為の空間を作り出しています。
外部サイトの関連記事
A view from the cycle path...(2014年10月18日)
Our streets are too narrow for cycle paths
2014年10月27日追記
{
まず道路を拡幅
拡幅するという事は、既存の車道空間をそのまま温存して、
そこに自転車の空間を付け加えるというイメージなんでしょうが、
このように「クルマも自転車も」と八方美人な政策を打てば、
持続可能な社会への転換という目標が遠のきます。
必要なのは、今までクルマが使っていた空間を
自転車や歩行者に返還する事——既存空間の再配分です。
}
2014年10月29日追記
{
内田(2014)
その替わりという訳ではないが、現在岡崎市においては、乙川の河川敷や堤防を利用して中央総合公園へつなぐサイクリングロードと矢作川の河川敷を活用した自転車専用道路の整備を検討している。これは河川改修の進展のよって、さらに延伸も考えている(乙川は将来、額田まで伸ばしたい)。
河川敷や堤防を利用して
自宅と勤め先の位置関係によっては川沿いのサイクリングロードを
自転車通勤に使える人もいるでしょうが、やはり市街地の一般道に
網の目のように張り巡らされた自転車インフラが無いと、
誰もが日常の移動に自転車を使うようにはなりません。
休日のレクリエーション需要に応えるのも大切ですが、
より望ましいのは、市民の平日の活動の中に有酸素運動を組み込む事。
自転車通勤なら、運動しようという強い意志を持たなくても
(三日坊主の人でも)無理なく続ける事ができます。
内田(2014)
トラムという市電形式の公共交通の存在は高齢者にとって有用と思われるが、トラム専用路の設置のため、自動車道がきわめて狭隘(きょうあい)となっているところが目につく。市街地で左右各一車線しか車道がないところも多いようだった。
果たして岡崎のように家族で複数の車を持つ車社会においてこうしたことが妥当かどうか疑問である。第一、岡崎においてはかつて市電との共存よりも、バスの利便性を選択したという歴史的事実がある。もしどうしてもトラムやトロリーバスを使ったまちづくりを行うとするならば、区域を限定した特区をつくり、その中で様々な実証実験を行いながら拡大してゆく方式が現実的ではないかと思う。しかしそれも土地建物の個人所有の進んでいる昨今、「言うは易し、行うは難し」であると考えられる。
トラム専用路の設置のため、自動車道がきわめて狭隘
当たり前じゃないですか。
車への依存度を下げる為でもあるんだから。
家族で複数の車を持つ車社会
私はそんな車社会の方が疑問です。
土地建物の個人所有
ここでも自転車道と同じく、トラム建設の為に
道路を拡幅する前提になってますね。車の利便性を維持したまま
トラムを導入しても使ってもらえませんよ。
或る程度は車を不便にしないと。
内田(2014)
いずれにしても、アムステルダムの歴史的な町並みと川や橋を活かした町づくりは、これからの岡崎の町づくりの参考になるものと思われる。
川や橋を活かした町づくり
これ、具体的にどういう事でしょうか?
確かに運河はたくさん有りますが、アムステルダムは
運河や橋を使って具体的に何をしているんでしょうか?
この記述だけだと、実質的な情報の中身は
「かわと はしが たくさんありました。」という小学生の感想文と大差無いんですが……。
岡崎の町づくりの参考
うん、だからどう参考にするの?
市長はアムステルダムの都市政策から具体的に何を学び、
それをどう料理して岡崎に活かそうとしているんでしょうか?
そこがハッキリしないと、市長自ら視察に行った意味が無いなー。
外部サイトの関連記事
何のための委員会視察? ~ 地方議会の行政視察廃止論 ~
}2014年10月29日の追記ここまで
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この視察記から学べる教訓
器官としての目が開いていても
意識としての目が閉じていれば
何も見えない。(ポエムじゃないよ)
視察には、視察対象に精通したコーディネーターが不可欠です。
市長とはいえ素人の人間がパパッと見て回るだけでは意味が有りません。
実際、市長はトラムの編成両数や自転車道のディテールを見落としていますし、
車に占領された道路空間を歩行者や自転車が取り戻した経緯も無視しています。
私はこういう「視察」に強い危機感を覚えます。
市長が「現地に行って見てきた」という武器を振りかざして
自分の誤解を広める恐れが有るからです。
岡崎市民の方、愛知県民の方はご注意を。